ライフイベントとは

人生の岐路

カウンセリングを学ぼうとしたときに、人が生まれてから、歳を重ねていく過程を勉強したりもしました。発達心理学という分野のことになります。

実際のカウンセリングの中で、学んできた理論をそのまま用いるということは難しいのですが、発想としてどこかカウンセラーの中に置いてあるのです。

例えば、人は生まれてからどんな心理的課題が待っているのだろうか?

と漠然と考えたとき、実は、先人達が論文や本にまとめたものが多数存在します。

それもかなり以前からそのような探求がなされているのです。エリクソンという人やハヴィガースト、レビンソンなどの人物が知られています。

子供からしてみると、大人達はどのように過ごしているように映るのでしょう。とても安定していて、悩み事などないように見えるものでしょうか。
また、大人と一言で言っても、青年、中年、高齢者などの区切り方によっては、感じることが変わっているかもしれません。

高齢のご夫婦を見ていて、自分もあのくらいの年齢になったら毎日只々穏やかに時間が過ぎていくんだろうなぁ・・、・とお考えになった方もいらっしゃるでしょう。

年代によってはクローズアップされてくる物事が少しずつ異なってくるものであるかもしれません。

例えば、青年期、中年期と仕事に一所懸命だった方が、お仕事を引退され、さらに歳を重ねた時には、かつてに感じていた迷いや悩みとはまた別なものと遭遇することもあるやもしれません。

何かこうして書いていると、悩みや迷いがとてもネガティブで避けたいもののように感じられてきますが、ある意味では新しい迷いや悩みに遭遇したときには、新しい生き方を展開していく可能性が秘められているとも感じます。

人生の岐路に浮かび上がること

カウンセリングとは時に、「どう生きるかの支援である」と言うことがあります。このことについて少し触れたいと思います。

人は生きていく中でさまざまな出来事に遭遇します。

例えば、進学・就職・結婚や、病気・誰かの死・別れなど、楽しいと感じることや辛いと感じることまでまさに様々です。

このような人生の中で起きる大きなイベントのことを、ライフイベントと呼びますが、どこかの時点で我々は何らかのライフイベントを経験するわけです。

出来事を通して感じること、例えば入院

何かのタイミングで、けがや病気のために入院することも、あるでしょう。もしかしたら、それまでの生活を維持できないようなイベントかもしれないですし、同じような生活に戻れるイベントかもしれません。

どんな年齢で、そのイベントが訪れたのかにもよると思いますが、例えば、20代の人が骨折で1月ほど入院したとしても、人生を大きく考えるようなきっかけになるかどうかというと、それは可能性としては少ない方になるのではないかと思います。(もちろん一般化できない話です)

もちろん、それまで学校も仕事も皆勤賞のような人だったら、1月という時間でも感じることはあるかもしれませんが、55歳くらいの人が、何かの体の病気で一月入院することとでは意味合いが変わるでしょう。

55歳くらいの人が、1月の入院を必要とした場合、退院後のことをどのように考えるでしょう。

バリバリに働いていたという人であれば、まず仕事のことが頭に浮かぶのではないでしょうか。あの仕事が途中になっているが、誰に引き継いだら良いだろうか、とか、あの件についてどうやって保留にしたら良いだろうかなど、考えることも様々でしょう。

そして、自分自身のことについて、今後この機会に仕事を控えめにしようとお考えになるか、同じように働きたいとか、さらに発展させたいとか、実はこんなに働きづめるつもりはなかった、など、いずれにしても複雑な心境が訪れるのではないかと想像されます。

このようなとき、周囲は周囲の意見をその人に投げかけてくるでしょう。ご本人は、この先どうするか?ということを考え始める局面に立っていく場合があるのではないかと思います。きっとこんなときに、ご自分の生き方に意識が向くということが起きるのではないでしょうか。

人世の正午

正午
そして、それは衰退的なニュアンスではなく、新たなよりよい生き方の発見というニュアンスを含んでいる可能性も十分あるのではないかとさえ感じます。

心理学者のユングは、中高年の時期を人生の正午と言っています。正午ですから、生の半ばということになるわけです。場合によっては、それまで生きてこられなかった側面が前面に現れてくるということもあるでしょう。

我々は、大きなイベントに直面したとき、そのインパクトに圧倒されることもあります。しかし、不思議なことに、あのときあれがあったから、今の生き方に辿り着いたのかもしれない、と感じることも一方ではあるのです。

無理やりに意味を見出す必要はないと考えていますが、意味を見出すことが、あるとすれば、その前には、十分に葛藤する時間が必要なのでは、あるいはあってもいいのではないかとも感じます。

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