カウンセリングへのイメージは様々ですが、やはり概ね何かのズシンとしたものを抱えているときに行く場所というところだと思います。
では、そうでない場合は無縁なところなのでしょうか。
元気な時にでもカウンセリングは使える
とにかく使いましょうという風には考えませんが、もちろん元気な時にもご活用の甲斐があると考えております。
幾つかの状況を想定してみたいと思います。
一回だけのご活用ということもあって良いものです。
カウンセリングの頻度や回数について
喜びの共有
これは別項でも少し触れていますが、現代社会においては十分に喜ぶということを終える機会が減っていると感じることがあります。
妙なことを言っているように聞こえるかもしれませんが、わりとそういうことが気になっています。
これは悩みと言えば、そういう文脈でも捉えられます。
葬儀の簡略化に気づく機会はそれほど多くない
喜びすぎるなと怒られる
日本社会では、ちょっといい車を買って乗り回していると、あまり良い目で見られないことがあります。
場合によっては妬みのようなものの対象になったり、嫌味を言われるかもしれません。
そういうことも気にしながら我々は生活をしています。
すると、能天気に喜んでいられなくなるということが起きないでしょうか。
また、うっかり500万の全財産全部新車につぎ込んだ!と身内に後から話したら、何を無駄遣いしてるんだ!と怒られることもあるでしょう。
何かを達成した時
さて、もう少し色々想像してみます。
長年、人知れず何かに打ち込んでいた人が、ついにそれを達成するなんてこともあるでしょう。
人知れず、ですから、だれもその成功や達成は知らないのです。
すると、そこには誰かにそれを共有したい気持ちが生じてこないでしょうか。
組織であれば祝勝会のようなものがあります。
何かを共有したいとき
近い話になりますが、大好きな映画やドラマの話ということもあるでしょう。
これは、そういう話で盛り上がるということになります。
カウンセラーは興味深く聞いていくのでしょう。
本当にそれはカウンセリングなのか?と疑問を持たれる方もあるかもしれませんが、その人の世界を深めていく過程としても成り立ちますし、それはより確かな自分を確立することと無縁ではありません。
個性化という言葉もあるほどですし、本来のカウンセリングの目的はそちらというふうにもいえます。
カウンセリングは何を目的として行われるのか
カウンセリングでは他の誰も聞いていない
このような時、改めてカウンセリングの時空間を思い出してみると、守秘義務とかプライバシーということを非常に大事にしている事に大きな意味があったことに気づかされます。
つまり、大いにカウンセラーと共に喜べる時空間になるわけです。
自慢してもいいわけです。
これは元気な時のカウンセリングの活用とみることができるでしょう。
一種の気持ちの整理の場というふうにも受け取っていただけるかと思います。
気持ちの整理がつかない
まとめ
喜びや達成感というところに話が寄ってしまいましたが、他にもいろいろとご活用いただける状況はあると思います。
例えば、何かを決めいたいとき、その覚悟を決めようとして誰かや場を必要とすることもないでしょうか。
新たな門出を切りたいときといったら少しロマンチックな感じがしてきます。
また、とりとめもなく何かを話したいという気持ちも人はもちあわせているものではないでしょうか。
誰かと話したい