主婦が抱える罪悪感

想像するに、主婦として過ごす時間の中には、急に穴が開いたようにどのように時間を埋めてよいかわからないような時間が出現する時があるのではないでしょうか。

例えば、子供が幼稚園や保育園に通い始めた時など、状況によっては、時間ができる場合もあるでしょう。

こうしたときに今まで忙しかった時の疲れをゆっくり休めていただければとは思いますが、人はなかなか思うように済まないことも多々あります。どうやら、多くの罪悪感を抱きながら、生活を送っている面もあるようです。

世間からのプレッシャーと主婦の罪悪感

主婦の方がが休んでいたりすると、どういうわけかプレッシャーをかけてくる人もいます。それは家族であったり親戚であったり友人であったりするわけですが、世間というプレッシャーも存在するでしょう。テレビでニュースを見ていても、あまり触れたくないような内容も出てくると思います。

時間ができたのだから、働いたり、もっと何か活動をすべきであると、そんな風に言われているような気持になる時もあり得ると思います。ここに罪悪感の生まれやすい環境があるのではと感じます。

それは誰かに指摘されたという体験をもたずとも、なんだか気持ちがざわざわしてくるようなことで、このような場合、時間はあってもどこか落ち着かない感じが続くものではと想像します。

言わば、これらが世間に対する罪悪感のようなものでしょうか。世間から急かされているように感じることが結構あるものです。

買い物

主婦の買い物買い物と言えば、我々が日常的に何気なく行っていることに他なりません。ですが、この買い物に罪悪感が関係してくる場合もあるようです。

町を歩けば、色々な物が売られており、時には新しいものに目をひかれることもあります。仕事の帰り道にコンビニによって何かを買って帰る人も少なくはないはずです。また、流行りの本など見かければ、本当に読むかどうかもわからないままに買ってしまうこともあるのではないでしょうか。つまり、我々はいわゆる無駄遣いを結構頻繁に行っていると思います。

少しの無駄使いにも潜む罪悪感

しかし、主婦が感じる罪悪感の中には、こうしたちょっとした買い物も対象になることがあるのではないかと想像します。自分で働いて収入を得たわけではないのだから、無駄遣いをしてはいけないとか、自分の興味にお金を使ってはいけないというプレッシャーを少なからず持っている人もいらっしゃるのではないでしょうか。

また、例えばシャンプーのように必要なものであっても、なるべく安い物を選ぶようにして、自分が使う物にかかる費用を抑えようとする意識が働く場合さえあるのではないかと想像します。主婦はお金を自由に使ってはいけないのでしょうか。

活動的でなければいけない

主婦には時間があるのだから、空いた時間は活動的で、有意義に過ごさなければいけない、とのプレッシャーを感じるひともあると思います。

しかし、それぞれには個性があり、誰しもが活発に動くことに充実感を見出すわけではありません。結婚前は読書が好きで、休みの日はいつも読書をして過ごしていた人もいるわけです。主婦になったからといって、何かのサークルに所属して活動しなければならないわけではありませんが、ここにも、何か活動的な方が良いという世間のプレッャーの存在をなんとなく感じます。

ある30代主婦Aさんの場合

※フィクションです

主婦Aさんは、子育て中の30代主婦です。Aさんが感じている罪悪感は、夫に対するものでした。自分の実家がバタバタしており、家を留守にする機会が増えていたのです。

Aさんの実家は近くにありますが、両親が二人で暮らしていました。姉が独身のため、時々顔を出していますが、今回はお父さんが入院してしまたため、手伝いを求められていたのです。子供が学校に行っている間は少なくとも、家を留守にしており、時には間に合わず、夕食を作れない日も出てきました。

旦那さんは、大変な時なのだから気にする必要はないと言ってはくれますが・・・

 

以下は、旦那さんとAさんのある日の夫婦の会話です。

ある日の会話

夫:今日は、仕事が忙しくてお昼休みが取れなかったよ。最近はこんなのばっかりだ。

Aさん:ごめんなさい。あたし今日も忙しくて、夕食まで手がまわらなかったの。B(子供)には食べさせたんだけど・・・

夫:そうだったんだ。帰りに食べてきちゃった方が良かったかな・・・。

何やら、ちょっと緊張感の高まりそうな場面であります。旦那さんは、不平を言わず、自分自身に責任があるかのような言い方をしています。こんなとき主婦Aさんは、改めて罪悪感を感じてしまうことになるのかもしれません。

ご自分の希望

色々な罪悪感に触れてきましたが、こうした罪悪感を抱えている際に、可能ならば世間はそのように言うかもしれないけれど、ご自分ではどんな風にお過ごしになりたいかをお伺いしてみたいところです。

実際、このようなプレッシャーの元に、町内会の役割を引き受けたり、働きに出始める人もいるのではないでしょうか。

しかし、せっかくできた時間なのだから、ご自分ではどんな風にお過ごしになられたいのかも聞いてみたいと感じます。

罪悪感から離れた希望

こうした探求は、その後の生き方とも関係してくるように感じます。もし子育てということに大きな価値を見出していた方は、いつか子育ての終わりも来て独立していくわけですから、どこかで自分の生き方を確認しておくことも、その後の人生を豊かにしてくれる可能性があるのではないでしょうか。

そして愚痴同様、こうした話をすることは、そもそもはばかられることかもしれません。その際には話す相手を選ぶことが必要となるのではないでしょうか。有無を言わせず、仕事をはじめるように話が進んでしまい、生き方を考えるどころではなくなってしまうこともあるでしょう。

しかし、そういった場合であっても、それは今考えるタイミングではなかったのだ、ぐらいの心構えでいた方が気楽ではないでしょうか。また、知人の手伝いだと思ってたくさん働く経験も何かを示唆してくれる可能性も残しているわけです。

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