こんなはずではなかった

人生の中では、将来の計画を考えたり、自分の希望する未来とは何か、などと考え、目標を据えて日々の生活を過ごすことがあるものだと思います。

例えば、受験、仕事、結婚、または、人生そのものということもあるでしょう。どうせなら、自分の思い描いたような仕事や結婚生活に辿り着きたいという気持ちは少なからず、多くの人が抱くことであると思います。

しかし、それがなかなか難しいものであることも承知しており、単純には推し量れないことでもあります。ついつい、「私の〇〇はこんなはずじゃなかったのに」と口にしたくなる人生の局面もあるのではないでしょうか。こうした事が、リアリティショックと言い換えることが出来ることなのでしょう。

こんなはずじゃなかった仕事

リアリティショックとはのページでも書きましたが、仕事もなかなか自分の考えていたこととは異なるものであることが多々ある存在です。そこでは、看護師や医師などの対人援助職の心情に触れましたが、対人援助の分野に限らず、リアリティショックのような経験をする社会人は多いと思います。

例えば、就職前は働くことに非常に強い希望や熱意を持っていた人が、入社後にがっかりしているようなこともあるでしょう。なかなか、ドラマで見るような職場は滅多にお目にかかれないものなのでしょうか。

忙殺

ある新入職員(フィクション)

こんなはずではなかったあの職場に入れたなら、こんな仕事をやってみたい!との熱意をもって就職したら、実際の仕事は希望していたものとは異なり、何よりも忙しいという現実に直面しました。確かに、自分のやりたかったことに関係するような仕事はあるけれども、それは全体の1割にも満たず、多くは雑用的な仕事に忙殺され、上司からは新人の仕事はそれが当たり前と言われてしまったのです。周りの先輩を見ると、何やらセカセカしていて、自分もあと何年もこのような感じが続くのだろうか?と心配になってしまいました。本来であれば、すぐにでもあの仕事にのめり込みたいのに、これが現実なのだろうか。いやこんなはずじゃなかったのに。

というような具合にです。このようなことに直面されている新入社員も少なくはないと思います。

人生

場合によっては、上記の新入社員のような経験をされた場合、転職を思い立つ人すらあるのではないでしょうか。充実感の伴う仕事に価値を感じていたわけですから、それが何年も先にあるのか、ないのかわからない状況では、転職が過ったとしても不思議ではありません。

一般論としては、3年くらいは働いてみることを勧められると思います。このような迷いを感じている人は結構多いのではないかと想像しています。誰しも考えることとも言えそうですし、口にはしないけれど内心思っているという場合もあるでしょう。ですが、不思議なことにそれを感じながらも定年まで職場に残る人も大勢います。そのような中で転職するという人は、かなり大きな決断をしようとしているとも見えます。

消極的なセリフとは言い切れない可能性も感じる

がっかりされている人も多いと思いますが、「こんなはずではなかった」というセリフには表面に現れている事とはもう少し別な意味があるように感じます。

これは単純には述べられるものではありませんが、迷うことや悩むこと、仕事に後悔することも、何かの進展のきっかけのように感じることがあります。なかなかじっくり悩める社会的な雰囲気ではありませんが、せっかくの迷いは大事にしていただきたいような気持でおります。

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