体験様式

葉っぱ

体験様式(ないしは、体験の仕方)は、主に臨床動作法で用いられる概念である。

我々心理臨床家は、時に、その仕事の内容の説明を求められることがある。医師との違いはどこにあるのか?、どこに注目しているのか?などという疑問を持つ方は非常に多いものである。

体験の仕方に触れることは、その説明の際に一つのポイントにできるのではなかろうか。

体験様式(の仕方)と内容

葉っぱまず、体験とはそもそも何かと言う点からはじめると、緊張感とか存在感、主体感などの非常に重心の低い概念のことを指している。

例えば、主体感とは自分でやっている感じの事であり、存在感とは、今自分がここに在るという感覚の事であろう。逆に、地に足がついてない感じや、誰かの意思に突き動かされているという体験をしている人もいることだろう。

我々は、日常生活を送る中で、常に多くの体験をしていると言える。心理臨床家は、「体験」にフォーカスする専門家とも言えるのではなかろうか。これは、動作法を行う人であっても、言語を主たる媒介手段とする人であっても同様ではないだろうか。

体験の内容

さて、体験は、その内容と仕方に分けて考えられる。体験の内容とは、人前でスピーチをした、過去の出来事などの現実的な内容である。

仕方

一方、体験の仕方は、どのようにそれを体験したか、ということである。人前でのスピーチを、緊張して行ったとか、非常に力が入りながらとか、人目が気になりながら、とか、完璧にやらなくては・・・などという方が、体験の仕方を指すことになる。(動作法では、体験の仕方の方に注目する。その他のカウンセラーも、内容よりも仕方に注目している人は多いのではなかろうか)

カウンセリングなどで、変化が起きるという場合、この体験の仕方に我々は注目している。我々は、環境を調整する専門家ではないため、緊張しないような配慮を、周囲に求めるよう努めるという方向には動いていない。

ほっとした体験

体験の仕方の変化とは、それほど仰々しいものを指すのではない。

例えば、スピーチで完璧にやらなければ、という体験の仕方をしていた人が、カウンセラーの失敗体験談(いつも人前では足が震えてしまうんですよ・・・)を聞いて、スピーチを完璧にやろうとする気持ちに変化があったなら、それは体験の仕方の変化が考えられるであろう。

つまりは、「失敗しても大丈夫なんだー」、くらいの、ゆとりある体験の仕方に変化したと言えるのではなかろうか。

このような場合、セッション体験が生活体験に波及したと考える。