自信を失くしたとき

人は時に、それまで良いと思っていた考えや、方法が、いつも通りの結果を出せない経験をすることがあると思います。

このような時、自信を失いやすいのではないでしょうか。

元々の考えや方法とはつまり、そこにある種の自信を持っていたと考えられますから、それが崩壊したときの喪失感は大きな衝撃となり得そうです。

自信を失くした人

スポーツ選手が敗北を経験するとき、会社員が失敗をしたとき、別な人に圧倒的な力を見せつけられたとき、病気をしたあとなど、自信を失うきっかけは、生活上のあちこちにありそうです。

もちろん、自信はいつしか戻ってくることを知っていて、しかし、その間が非常に苦しい時間でもあります。また、時には自信が戻りにくくなっている時もあると思います。スランプという表現もあてはまるでしょう。

自信を失ったときの、落ち込みや衝撃は、人によっては本当に苦しい体験になっていると思います。その苦しさとは何かの意味があるものなのでしょうか。

他の人と違う、何か指摘されたとき

自分のやり方や在り方が他の人と違うと感じた時や、またそれを指摘されたときなどは自信を失うきっかけとなり得るでしょう。

他人から言われた場合はより強烈かもしれません。

世間には勝手な意見ばかりをぶつけけ来る人が少なからずいるものです。

その人の現在の在り方には意味があってのことでも、目に映ることでしか判断せず否定しているのでしょう。

危険例えば、以前に運転で怖い思いをした人が、スピードを抑えて運転していたら納得の行く話です。

また、そのようにしている知らない人を見かけたとしても、何らかの事情でスピードを控えめにしているのだと察するものです。

しかし、「ゆっくり過ぎない?」などと言いだす人も必ずいるものです。

安全運転をしていれば大丈夫と思っていた運転への自信を揺さぶられることになってしまいます。

法定速度を遵守していただけなのに、ではどうしたらいいと言うのでしょう?

邪魔をされない事

自信を失っている時、こんなことはあまり考えられないと思いますが。自信を失うことをきっかけに、新たな方法やスタイル、考え方が構築されることもあるものです。全く別物というよりは、以前のスタイルがより精錬された形に近いのではないでしょうか。

しかし、これほどの痛みを伴うのならばいっそそんなことは後回しにしてしまいたいものです。

成長痛

痛みと言えば、成長痛があります。人によって痛み方は違うようです。体も痛みを伴い成長するのだと思うと、人間的な成長をするためには自信を失ったときの痛みが必要だったということなのでしょうか。そうだとすれば、その痛みも少しは納得がいくというものでしょうか。

このような痛みも一つは存在するでしょう。

しかしそれでは、やはり自分の在り方がまずかったのだ・・・という風に感じてしまうかもしれません。

他者から乱されない在り方

もし何かを変えるという事であれば、どこかで述べたように、AがA´になるようなものです。そもそものAは否定されるべき在り方ではありません。

自信というテーマは非常にすそ野が広く、また奥行きも深そうです。今回の内容は、ほんの一側面でしかないと考えています。カウンセリングというのは、こういう視点も含めて色々と話し合っていくものです。