集団の恐ろしさ

人間誰しも、自信を持てない部分を多少は持ち合わせているものです。

例えば、活発にしゃべることが苦手な人もいれば、引っ込み思案な人もいます。

時に、集団内の人間関係において、これらを非常に問題視して取り上げようとする人が現れることもあります。

集団には恐い人がいる。些細な特徴を徹底的に責め立てる人

以下は、フィクションで物語仕立てにしてあります。

会議の際に、あまり発言しない人は必ずいるものです。Aさんも、発言が苦手で、会議では一言、二言しか発言することはありませんでした。

追い詰めるすると、早く帰りたいのか、いらいらし始めたBさんが、「Aさんが意見を挙げないと私が帰れない」などと言いだして、会議が終らないことの責任を転嫁してきようとします。

そして、「そもそも前々から思っていたけれど、沈黙するのは社会人としてどうなのか?上司もあなたのそういうところが心配だと言っていた」などと、本当かどうかもわからない話を持ち出して、徹底的に責め立てます。

Aさんとしては、確かに、発言が少なかったと自分でも感じていたため、申し訳ない気持ちになっていたのです。日々の自分の在り方も良くないものだと思っていました。そのため、反論もしませんでした。

すると、他の同僚達からも、「確かにAさん、今日はほとんどしゃべってないね」などと言われ始めてしまったのです。

痛いところを突いてくる人いつの間にかAさんが、悪者に仕立て上げられてしまったのです。

責任を感じたAさんは、自分が今回の議案に対しては責任をもって担当することを約束してしまったのでした。

自信がない所につけこんでいる

Aさんは元々自分自身のことに自信がなかったため、そこを指摘された際に、一気に反省モードになってしまったようです。

しかし、会議が終らないのは本当にAさんのせいなのでしょうか?

発言量が多ければいいものではないのに、いつしか、発言量の多さが評価対象になってしまっているのです。

Aさんの一言、二言の発言は的を得ていたものだったかもしれません。むしろBさんは、会議の場の緊張感を高め、本題とは全く違う話題に時間を使わせています。そして、最終的には、Aさんが独りで、責任を負う形に収束しています。

周囲の人も、普段から少し感じていたなどという些細な理由から、Aさんの責任であるかのような援護をしているのでした。

※因みに、発言量が少ない事は、キャラクターとしても仕事上も決して悪い事と思えません。バチバチやりあっては話がまとまらないこともある訳ですし(一見するととても熱心に働いているようには見えますが)、集団内のコミュニケーションに波風も立てにくい存在としても貴重です。しかも、決して意見を持っていないわけではなく、短時間でそれを述べてくれるわけですから経済的でもあります。キャラクターとしても、寡黙な人などと言うように、底知れぬ魅力があるものです。

Bさんに悪意はあったか?

この場合、Bさんはとにかく早く帰ることが目的だったように感じられます。

会議で話が良い形でまとまることなどは、後回しに考えたのではないでしょうか。早く帰るために、悪者を仕立てて、責任を擦り付けて、会議を終わらせようとしたのです。

集団は恐い

色々な捉え方はできると思いますが、見た目はAさんの責任であるかのように見えても、実際には別な動機がうごめいてい可能性がある点に触れて見たかったのです。

今回の例では、Aさんがすっかり悪者扱いされてしまいましたが、本当は、Bさんが悪者だったのではないでしょうか。(しかしまた、BさんからすればAさんが悪者だったのでしょう。)

悪者を作らずとも、「今日はなかなか話がまとまらないね、明日にしようか」などと誰かが言っても良かったのではないでしょうか。