実は目立たない方が自分のペースに徹せられる?

人間関係において、たくさんの人と交流を持つ人もいれば、あまり交流の場に出てこない人もいます。

なぜか、その人を交流の場へ連れ出そうとする力が働くものですが、多くの人と交流をもつことこそが望ましいことなのでしょうか。

目立つと、自分のペースが乱れる

しっちゃっかめっちゃか人付き合いの中で目立ってしまうと、日本社会においては、どこか、あの人には要注意だ、などと捉えられがちなように感じることがあります。

つまり、少し違ったことをすると、目立ってしまうのです。(目立とうと思ってもなかなか目立てない現実もお笑い芸人など見ていて思いますが、それは、時と場所という要因を考えると納得いきます)

素晴らしい技術を持っている人

人知れず、コツコツ努力を続け、素晴らしい技術を持っている人はいるものです。しかし、その技術が他の人の目に触れてしまうと、時に面倒なことになります。

この技術はお金になる、とか、俺の立場が危うくなる・・・、などと、妙なことを考える人がいることも確かです。

外向的な人と内向的な人ではどちらが得か、でも触れましたが、人によって、思うところは違うものです。お金や名声、地位などに関係なく努力している人もたくさんいるものです。

それを、自分の物差しで、お金や地位に換算されては困ります。

もし、このような人に巻き込まれてしまうと、自分のことに徹することが難しくなる可能性が出てくると思います。

ギターを弾いている人なら、思いがけず、どこかの街でコンサートを企画されてしまうかもしれません。それも商業ベースの企画で、いつもの活動とは趣旨が違うのです。

こういうことに何度も付き合わされていたら、その人は、ギターを弾く意味を見失ってしまうかもしれません。

やはり目立たない方が良いのでは・・・

少し寂しい感じもしますが、こんなことになるなら、人前でギターなど弾かない方がましだったと思えます。

目立ったことで色々な人に注目されてしまう機会にもなったのです。

分かる人にだけ聞かせるくらいの気持ちを持っても良いのではないかと思います。その人がギターを弾く意味をよく理解してくれたり、その世界を踏み荒らさいと安心できるような人にであれば、多少は聞かせても良いのではないでしょうか。

そのような時間は非常に尊いもののように思います。絵にしても、わからない人には見せないくらいの気持ちで、コーヒーやお酒なども、わからない人に出しては、そのコメントに心を傷つけられるだけかもしれません。

自分の大事な場所も人にはあまり教えない方が良さそうです。平気で花畑を踏み荒らす人もいるではありませんか。

別の話ですが、自分のペースが乱れた時にスランプが生じるという風にも取れることがあるかと思います。