新型コロナウイルスの世界的感染拡大により、この1年以上の間に我々の生活は一変しました。
新型コロナウイルスによる変化は驚異的なストレス状況を生んでいる
これほどの変化があれば、そこに生じるストレス状況もまた大変なものです。
3密対策を徹底
普段から手など滅多に洗わない人が多い事を私は知っています。しかし、この1年はこれでもかというほどに手を洗いました。
そして、マスクを着けていなければほぼ他者とは接触できないような状況です。
頻繁な換気
現在特にクローズアップされていると言えることは、換気の徹底です。
密室で数人集まって会話をしていると、マスクはしていても感染が起きることがあります。
これは直接的な飛沫ではなく、室内の換気がなされない、或いは不十分なことで感染が生じてしまうようです。
参考サイト:理化学研究所の勉強会で解説されています。rikenchannelより動画を埋め込んでいます。
朝の情報番組モーニングショーにおいても、換気の重要性が何度も伝えられています。
マスクの隙間から漏れ出す呼気でも、そのウイルス量が多ければ部屋の中に充満していくのでしょう。
人に会えない
元々一人の時間を好む人も多いですが、今回の長さはいかがなものでしょう。
そして、普段から人にたくさん会っていた人にとっても大打撃だと思います。飲み会や会食に行けないなんて考えられない・・・と思われた方も多かったことでしょう。
会えば罪悪感が伴うこともある
しかし、会ってしまうと今度は、罪悪感を覚える方もあるでしょう。誰かに感染させてしまうのではないか?などと考えどうやっても落ち着きようがありません。
外食できない
独り暮らしで、料理の心得がない人にとって外食が絶たれたことは健康に直結する問題です。テイクアウトとはどこか栄養バランスの面において違いなど生じないのでしょうか?
黙食や孤食であっても、変異株の登場以降は躊躇する人が出ているようにも思います。
大きな社会不安と化している
細々したことの他に、大きな観点では「また新たなウイルスが出現するのでは?」などということまで実しやかに囁かれています。人間の開発が自然界の奥の奥まで到達してしまったことがどうやら背景にあるようなことを報道番組でも触れていました。中には、温暖化との関連にも触れていました。
ストレスマネジメント学会がコンテンツ作成
日本ストレスマネジメント学会が、「新型コロナに負けるな!みんなでストレスマネジメント」という資料コンテンツなどを作成しています。
コロナウイルスが拍車をかけ孤立化する社会
現代社会は、同居する家族の変容にも見られるように、大人数から少人数が増加しました。
また、家族に限らず地域との関係や職場の同僚同士などの関係にも変化があり、隣人の名前を知らなかったり、同僚と顔を合わせず仕事をする人もあります。
都会で、人知れず暮らす人はどのくらいの人口になるでしょう。
たくさんのアパートが柏にも広がっているわけですから、そこには独居世帯がたくさんあります。
(実は、最近になって孤独・孤立への対策を内閣が意識し始めています。イギリスだったかフランスであったか記憶は定かではありませんが、既に政策としての動きがあったのだそうです。)
都会では本当に誰とも関わらずに暮らしてしまえる
もちろん、スーパーの店員さんと顔を合わせることや、病院を受診したら医師と話すなどの関係はありますが、要するに面識のある友人や近所の人、親戚などが近くに居なくとも現代社会では生活が出来てしまいます。
24時間空いているお店もあれば、タクシーを呼ぶこともできます。
生活に必要なたいていの事はお金で解決できてしまえるわけです。
人々はこのような社会を求めていたのか
これは、求めてそうなったのか、効率化していった結果としてそうなってしまったのかわかりません。
ある程度の誤算もあるだろうし、こんな風になるなら大型店を招致しなければ良かったなどと嘆いている方もあるかもしれません。
元々、人間関係や地域関係を煩わしいと感じていた人も少なくはないのだとは思います。
柏市の人口は年々増えていますが、いったいどんな街になっていくのでしょう。
関連ページ:柏市の人口推移から考える臨床心理的側面
好きでそうしている人、実は孤立に追い込まれた人
煩わしさを感じていた人は、好きでそうしている面も多々あるのでしょう。一方、気が付いたら独居20年で、コロナ以降、誰とも会っていないなどという風な方も多い事でしょう。
家族のある人は、毎日誰かしらと他愛もない雑談でもするのでしょうか。
独居20年の、在宅ワーカーは歌でも歌わなければ声を発しないような日々が本当に続いてしまうでしょう。
そして、ひたすら誰からもメールや電話も来ないというのはがっかりするものです。
自粛生活なのだから時間はあるのではないかと思って電話してもなぜか通じないものです。
それほどに自分はその人にとって不要な存在なのか?と自尊心をも打ち砕かれてしまうかのような思いをなさった方は全国各地にいるのではないかと想像しています。
昔観た映画に、わけあって世界が終ることになった時。妻と過ごそうと自宅に戻ったところ、既に姿はなく荷物をまとめて一目散にどこかに行ってしまったという笑えない場面がありました。あなたと最後の時をともにするなんてまっぴらだわということなのでしょう。
土壇場で自分の存在理由がぐらついたかのようであります。
これは、仲間外れに近い話にも思えて来ます。修学旅行のグループを決める時、仲の良い者同士はすぐにくっつき楽しそうでしたが、そこからあふれてしまった人の思いたるやいかがなものでしょう。
しかし、もう一つ思うのはそのようなグループには入らなくて良かったのではということです。もし入っていたなら別な傷つきを覚えることになったかもしれません。そういうメンバーと世界の終わりをともにするのもいかがなものでしょう。
まとめ
あとから加筆したりしております。
後になって振り返れば、コロナ以降随分といろいろなことを経験したものです。
日々の暮らしだけでも精一杯な中、何度も何度も試練のように、また何かが押し寄せてくるのでしょうか。

