カウンセリングのロールプレイ方法についての一考察

ブログ著者:臨床心理士 松田卓也

公開ロールプレイ カウンセリングの基礎知識

我々は、その訓練課程でロールプレイを行うことがあります。

この扱いについては、指導者によって様々なようです。

ここでも安全性を挙げたいと思いますが、安全に行われるロールプレイは相当に心理臨床家の力を高めてくれるワークとなり得ると考えています。

ですがだいたいは、安全性ははじめだけは意識されていても、いつの間にか兵庫のようになってしまうものです。

カウンセリングのロールプレイ方法に関する一考察

これは壮大なテーマであるため、各種論文としてもまとめられているほどです。

ここでは、「安心感」を中心に私見を述べています。

ロールプレイにも安心感が必須

カウンセリングには安心感が重要であることを、何度も述べてきました。

では、その訓練課程にあるロールプレイではどうなのでしょう。

もっとスパルタにこそ進めるべきなのでしょうか。

なにより安全性が優先されるべきだと考えます。

皆で傷つけ合って終わる

よくありがちな光景として、ロールプレイのつもりが、いつの間にかお互いに傷つけ合うような結末を迎えるものがあります。

初心者同士が夢中になっているので仕方ないとの見方もあるでしょう。

しかしこの場合、ロールプレイに苦手意識を生むことになります。

ロールプレイ関連論文

幾つか関連する論文を挙げておきます。ロールプレイを体験した際の感想なども掲載されており、やはりその難しさが垣間見えてきます。

公開処刑

皆の前

また、仲間同士の他、いきなり「みんなの前でやってみてくれ」、という話になることがあります。

専門家になるのですから、それくらいは当然の事だろうといわんばかりの圧力を感じるものです。

これは、指導者側のいわばファシリテーションに左右されることになります。指導者のフォローによっては、皆の前でやってみても、それほどに傷を残さないこともまたよくあるのです。

それは、学ぶ者を潰さないという意志があってのことだと思います。

本来は可能な限りの回数を重ねる必要がある

本来であれば、150回くらいロールプレイを行ってみてはどうかと思うところですが、これは容易なことではありません。

その間に、傷つけ合ってモチベーションも削がれ、欠席する者も出るかもしれません。

これでは150回のうち、7回ほどで終わってしまいかねません。すると何も学べないままなのですから、はじめの圧力は一体なんのためのものだったのかと言いたくなります。

初心者ほどロールプレイのハードルを下げて、安全なところから開始する

安全に回数を重ねることができたなら成功ではないでしょうか。

誰しもが生まれながらにカウンセリング経験を持っていないのですから、その一端に触れる体験を150回もできたなら相当な進歩です。

そのため、序盤は特に慎重になりすぎるくらいの方法で良いのではないかと思うところです。

道や、季節、お店などのあり触れた安全な話題から題材にする

このブログのどこかで、カツ丼か蕎麦かをカウンセリングで決めるという話を書いたことがあります。

話題がカツ丼では、カウンセリングではないのではないか?と思われるわけですが、とりわけ訓練段階においては初心者にちょうどよい題材になるのではないかと思います。

なによりありふれた話題であるため、安全で誰も傷つきにくいのです。

そもそも話すことが苦手な人にとっては話すという経験値を積むだけでもはじめのうちは意義がありますし、題材はありふれた事柄であってもその構造はカウンセリング場面となんら変わりがない事もあります。

すぐさま生ぬるいとか、ままごとだとか責任感が育たないなどと批判を受けるかと思いますが、一回で初心者を潰してしまうよりなおさら良い事なのです。

ありふれた話題にし、時間も短く設定する

馬鹿げていると思われるかもしれませんが、「今日の天気」くらいの題材からはじめても良い位ですし、時間もはじめの内は短く設定ほうが安全です。

例えば1分や3分でもエネルギーを消費するものです。

そうして段々と実践的なものへとスモールステップで進めてはどうかと思うところです。

行動療法の基本とも通じるところがあります。

ノンバーバルな体験からはじめる

ノンバーバル

或いは、「ノンバーバル」な事柄に徹してはじめるのも安全です。

例えばそれは視線の当て方による体験の違いを体験することからはじめることだったりします。

或いは、椅子と椅子の距離の違いによって何かが違うのか、机を挟んだ場合そうでない場合、言葉の速度など・・・こうした「相談内容」とは離れたところから入るのも一つです。これこそ実は内容以上に難しいことでもあります。

焦って無理をして進めるよりは、地道に進んでいく道があっても良いと思うところです。

この繊細さを学ぶことこそ意義がある

いかに安全に配慮したカウンセリングができるか、できているかをロールプレイの最中常に気にすることになるのですから、それこそが最上の訓練になっていると思うわけです。

これを、自分だけが抜け駆けするように他者の事を忘れたかのように、単なる技術として向上させようとしたとき、一体どんなカウンセリングを身につけることになってしまうのでしょう。

まとめ

これを軟弱とか、ぬるいと言う方も多いと思います。

しかしながら、「安心感」について身をもって学んでいると捉えられれば、それは貴重な体験となる事でしょう。