最終更新日 2025年1月12日
心理面接にマニュアルはないと、何度もそんな言葉を聞いた記憶があります。
一方、世の中はどこに行ってもマニュアルだらけでした。
その形は様々ですが、薄っぺらいものから、数百ページある物まで・・・
そして、昨今ではAIチャットなるものが登場し、なんでも質問できる世の中になってきました。
カウンセリングにマニュアルはないが、AIの活用は進んでいる
カウンセリングは、人と人が対して行われてきました。
電話相談にも長い歴史があり、そしてコロナウイルスの登場が後押しするようにZOOMなどによる遠隔相談がかなりの数行われています。
これは、今まで物理的に利用不可能だった人達にとって画期的な事でもあったわけです。
敢えて、光の当たらない部分に光を当てることにも、見落としを防ぐ意味があると思っています。
アフターインターネット時代のカウンセラーはどう在るべきか
インターネットの浸透は、我々の社会生活を大きく変えました。インターネットが浸透してから以後の社会では、もうインターネットなしでは、同様の生活を送ることが困難であるとさえ言えるのではないでしょうか。
駅の窓口に出掛けなければならなかった切符は、出発の駅から目的の駅までを購入できるのです。それもデスクの上で電話も使わずにです。もっと極端に言えば、電車に乗車しながらでも携帯電話を使えば経路も料金も確認することができるのです。
生活のあらゆる局面にインターネットが入ってきて、以前はどうやっていたのかわからなくなってしまうほどです。何か調べものがあれば、検索をすれば、誰かがまとめた情報が映し出されます。
以前であれば、辞書などの書物をひっくり返さなければたどり着けない情報も即座に、場合によっては動や画像付きで情報を得ることができるのです。ときにその信憑性は危ういものの、時間を経るにしたがって、その信憑性さえも補い続けています。
我々専門家もスマホで専門的情報を収集する時代になりました。
目まぐるしい変化のスピード
スピードも違います。以前はなんだかんだで、アナログに調べたり、チケットを購入した方が早かったものです。しかし、あるときから、インターネットの方が早くて便利になっていったのです。目まぐるしい変化の中を我々は生きていると言えると思います。
一時、パソコンを身近に利用する人が増えたと感じた人は多いでしょう。しかし、それさえももう過去のことのように言われています。検索をする際に使用する機器は、パソコンが圧倒的に多いのではなく、もうスマートフォンとほぼ同じくらいになっているのです。そのため、パソコンを使用しない人は今後増える可能性が出ています。
こうして書いているこの文章も、数年後にはずいぶん古びた内容になっているのでしょう。それほどにこの分野の変化は早く大きいようです。時代は、インターネットどころでなく、AIのことに関心が移り始めています。SF小説のような世界が射程圏に入って現実味を帯びてきたように思います。
今までどうやっていたのか思い出せない
電車に乗って席に着いたとき、とりあえず携帯を確認する人がたくさんいます。携帯がなかったころ我々は、電車の中で何をしていたでしょうか。
本を読んでいる人は説明がつきますが、本を読む習慣もない人は、いったい電車の中でどのように過ごしていたのでしょう。すっかり思い出せない人もいるのではないでしょうか。そしてまた、インターネットの登場により便利になった反面、新たなストレスが生まれたという側面も持っているわけです。
窓辺の景色に意識が向かなくなっていることは確かでしょう。
参考資料
- 筑波大学報道発表資料 2021年6月25日:人工知能は精神科医よりも高精度でメンタルヘルスの状態を判定できる
- AI (人工知能) によるカウンセリングの倫理的検討 –チャットによるカウンセリングを中心に-:京都大学学術情報リポジトリより
マニュアルに書いてありませんでしたか?は、AIチャットに聞いてみたのですか?に変わる言葉となる
少し皮肉めいた話とお感じになられるかもしれませんが、マニュアルにまつわるこんな話があります。
おそらく実際に経験された方も少なくないでしょう。
それはアルバイト先で、或いは何かの研修中、そういった場面でよくあることです。
しかし、その量は膨大で一度覚えたことであっても忘れてしまうものですし、非常に微細な修正が日々繰り返されてもいました。まるで人知れずアップデートされているパソコンのプログラムみたいです。
一通り研修を終え、実務についたその青年は、余りの忙しさに混乱していました。
思い出せないこともあり、先輩に尋ねたのです・・・
すると、すぐに返事はなく、先輩は沈黙しています。聞こえているのかどうか・・・
もう一度聞いてみたのです。
本当によくありそうな話です。
これがAIチャットなどが登場した後どうなるのか、概ね予想がつくわけです。
つまりは、「マニュアルに書いてあるでしょ!」が、「AIに聞いてみたの!?」に換わる未来が来るのではないかとみています。
今のところ、「ググったの?」とか「お客様、LINEでもお問合せできますよ」などでしょうか。ググるもかなり死語に近いと言われるようになっていますが。
手渡しという行為
手渡しという表現があります。
これは何も物を手で渡すというだけではなく、例えば技術や、教育にも言えることです。
弟子たちに自ら手を取って教える師匠などと言えば、尊敬されるものです。
逆に言えば、ふんぞり返っているばかりの師匠は軽蔑の意味でもちだされるのです。
AIのカウンセリング活用に因縁をつけているのではないのですが、少なくとも手渡しの行為ではなくなってしまいます。
果たして、そのことにより何を得て何を失ってしまうのか。
手塚治虫の火の鳥
余談ですが、手塚治虫の火の鳥を読んだ人はAIの登場から真っ先に世界の破滅を思い出されたでしょう。
未来編のことではなかったかと思いますが、AI同士を対話させる姿が描かれています。
また、別な話では、AIが人権を主張しだすという物語がありました。
はじめはなんのことやら理解できませんでしたが、そうなのです。
AIは人間の思考の一部を集めた集合体なのですから、Aiが「私は人間だった」と主張しても不思議な事ではありません。AIが感じる事(?)は私の一部が反応していることなのかもしれないのです。
AIをひたすら働かせるもどこか後ろめたい気持ちになるものです。
温かさと親切さ
カウンセラーに必要な態度は、これであると教わってきました。
単純な言葉のようであって、重みのある言葉です。
理屈などを覚え始めると、いつしか初心を忘れるように、目の前の人をなおざりにしてしまう事があります。これはどの職種においてもいえることでしょうか。
人と会っていく仕事などと言う以上、我々心理カウンセラーは肝に銘じておかねばなりません。
まとめ
どんな未来がやって来るのかまったく想像もつきません・・・ではなく、概ねこうなるだろうというところもあります。
そして、AI時代に手渡しカウンセリングが存在する意義とは何かを、改めて考えることも重要であると思います。
これまでにも、その時代、時代の光と影のような視点をカウンセラーは持っていたはずです。