普通を求められる社会にどう生きるか

ブログ著者:臨床心理士 松田卓也

普通 職場・仕事

普通とは何かと考えると、これは難しいテーマです。

ですが、世間が常識と言っていることがそうだとすれば、だいたいのイメージはつくものです。

このイメージは地域や年代などによっても微妙か大きく異なりますが、概ね日本社会に漂うイメージには察しがつくと思います。

そして、社会復帰を考える上では、どうしても普通に寄せていくべきという観念が背景漂ってくることがあります。

この点も、整理しておけたらその人らしい社会復帰につながるかもしれません。

カウンセリングにおいても、これは重要なテーマと言えるでしょう。

日本社会に漂う普通とは?そこを目指すべきとは限らない

まず第一には、職を持つことです。それも正規雇用です。

成人すると、初めて会った人に「どんなお仕事をされているのですか?」などと当たり前のように尋ねる人があります。

聞かれたくない人もたくさんいると思いますが、よく聞かれるはずです。

それから結婚でしょうか。

まだ結婚してないの?などと平気で言う人もいますので、結婚してない人をどこか普通でないと見ているのでしょうか。

普通を目指さなければいけないような気がする

このような中で生きていると、自分も普通を目指さなければいけないような気持にさせられるものです。

早く正規雇用を得なければ、とか、婚活パーティーに出掛けなければといった具合にです。

また、お金を何歳までに幾ら位貯めているか、これにも「普通」が恐ろしく付きまといます。銀行が示すライフプラン表のようなものを見たことがあるでしょうか。

あたかも普通という体で就職・結婚・出産・・・などとライフイベントが次々と書かれていますが、「全くもって自分の歩んでいる人生と違う!」と怒りたくなる方もいるのではないかと思うところです。

現代社会において多くの人がこの感触を味わっているのではないかと推測しています。

本当に働きたいか?結婚したいか

価値観の多様化などとは謳いながらも、正規雇用や結婚が当然視されている現実はやはりあるように思います。

ですが、そうでなく自分の人生を進める人もたくさんいることも事実です。どちらがすぐれているなどという事は関係なく、それぞれの在り方があっていいはずです。

普通にならない自分を良くないと思う時、それは心の安定も崩しやすくなってしまうのではないでしょうか。自分はこれがいいと感じている時の方が、少なくとも心の安定は大きいように思います。

普通があっているという人は普通を目指すのが良いのでしょう。しかし、普通が合わない、窮屈、嫌な感じという場合にはもっと幅広く人生とは何かを探すのも良いのではないでしょうか。

紆余曲折を得てやはり普通が良いと落ち着く人もあれば、やはり探して良かったという方もあると思いますし、なかなかそれが見つからないという方もあるでしょう。

サラリーマンモデルが良しとされる世の中

個人事業主やフリーランスと呼ばれる人たちが社会的にも認知度を高めてきています。
こうした働き方はかつてからあったのですが、時に散々な言われ方をしたものです。(現在でも)

仮に、フリーランスで身を立てたとしても、「早く就職しなさい」などと身内から言われた経験を持つ人は数知れないと想像しています。

あるいは、「いつまでもふらふらして・・・」などという言い方もあれば、「将来どうするつもりなのは?」などと言われる場合もあるでしょう。

当人からすれば一所懸命働いていて、収入も安定しているのですから、むしろ労ってほしいくらいの気持ちになるはずですが、誰も労ってはくれないものです。

ある漫画家は、6000万円の預金通帳を持参して相手方の両親に会いましたが、不安定な仕事ということで結婚に反対されていました。

これは一体どういうことなのでしょう。

どうやら日本社会には、「サラリーマン」こそが在るべき形というイメージがあるようです。それも正規雇用です。さらに言うなら、「公務員」ということかもしれません。

ですが、世の中サラリーマンだけではなく、兼ねてより個人商店で魚屋や八百屋もあれば、本当に幅の広い職業の在り方が存在しています。
確かにサラリーマンが多いことは事実ですが、そうでもない人も多いのです。
ちなみに、カウンセラーも正規雇用がほとんどという状況ではありません。

サラリーマンが失ったことも当然ある

サラリーマンを否定するのではありませんが、実はサラリーマンも何かを失っている面があるものです。
例えば通勤時間が固定されている状況を想像してみるとどうでしょう。

あくまで例えばという話ですが、平日の日中を失った人がほとんどです。

つまり、昼のワイドショーなど見たこともないのです。
私は、ある商店の店主が店先を留守にして、客が来るまでお茶を飲みながらテレビを見ていることを知っています。

防犯カメラがあれば、店先に常駐する必要もないのです。

サラリーマンにおいては、事細かに仕事のスケジュールが詰め込まれており、このような時間を作り出すことがほぼ不可能なことがあります。(※決して商店の店主がさぼっていると言っているのではありません)

また、ロマンなども失われたことに含まれるでしょう。これは、個人事業主にとっても必ずロマンが伴うものではないですし、金策に追われてそれどころでないこともあります。そして、どちらにも重なり合う部分があることも事実です。

カウンセリングでは普通をどう考えるか

カウンセリングは、お越しになられた人を尊重しようとする時間です。

何が良いと見なすものではありません。つまり、今回のテーマと対極的言い方をすれば、「普通こそがいいですね!」と考えることもあれば、「普通じゃつまらないですよね」、「少数派を行きたいですね!」、「普通にこだわっても仕方ありませんね」などと考えることもあるわけです。

つまりは、その人に合った形を探していこうとする営みがカウンセリングと言えるでしょう。

別項で「カウンセリングの強制」に触れましたが、これはいわば普通になることへの強制という意味合いを持つこともありでしょう。

カウンセラーとしては普通を強いるなどということは論外なのですが、社会的圧力がカウンセリングにまで及んだ結果、そういうことに加担させられそうになるという話です。

関連ページ:カウンセリングの「強制」には細心の注意を払わなければならない

まとめ

このような社会をどう生きるのか。
サラリーマン一択とするよりは、幅広く考えることで、大変ではありながらも、何かの道に定着できる可能性も残されているように思います。
そいう線の社会復帰もあって良いのではないでしょうか。

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